あまがさの日記のようなもの

書きたい時に書く日記のようなブログです。

卒業

私はこの春に大学を卒業した。

入学式を昨日の事のように思い出す。

学生生活も終わり万感の思いだ。

歳を重ねる度に時間経過が早くなると言うが、確かに人生でいちばん早い4年間だった。

「人生の夏休み」とも言われる大学生活は私にとって本当に自由で楽しいものだった。

好きなことを好きなだけ学べる環境と、同じものが好きな学友、和歌を詠めば返歌が返ってくる、そんな空間で過ごせたことを幸せに思う。

幼い頃から本を読むのが好きだった。

私に本の世界の面白さを教えてくれたのは「エルマーの冒険」。幼稚園の頃、こんなに面白い話があるのかと驚いた。私もドラゴンに乗って空を飛びたいと思った。

初めて読んだ長編小説は「ハリーポッター」。初めて新刊を心待ちにした。小学校一年生の頃、まだ新刊が翻訳されておらずはやく、はやく、はやく翻訳してくれと毎日思っていた。

「翻訳が待ちきれないなら原作(英語版)を読めばいい」と英語版ハリーポッターを読む母に続きを教えてくれとせがんだことも思い出す。

結局、面倒だから自分で読めと英和辞書を渡され、挑戦してみるも解読できず、日本語版が出るまで待つことになってしまったが……読む本がない時に辞書を読むようになったのは母のお陰だ。

幼少期、読む本が無くなれば辞書を読んでいた。その経験が一層、本の世界を魅力的にしたのだろうと思う。

文学部を志す切っ掛けになったのは「夢十夜」。文章の美しさに惹かれた。物語とは面白いもの、という認識が覆された。

言葉一つ一つが連なりこんなにも美しい文字列になるのかと心震わされた。

面白くて楽しいだけでは無く、美術品のような繊細で儚い美しさがあることを知った。詩や和歌を美しいと思うようになったのもこの時期だった。

高校三年生、進路を決めなければならない時、悩む必要なんてなかった。文学部日本文学科しか有り得なかった。きっとずっとこの道に進むことを何処かでわかっていたのだろう。

大学に入り学問の面白さを知った。高校までの授業はなんてつまらなかったんだろうと思った。暗記すればテストで点がとれる?それの何処が楽しいの?と。

真っ白なA4用紙が配られ、テスト開始。黒板に問題が書かれ、それに対する意見を述べよ、と。裏表びっしり私の考えを書いた。楽しかった。

正解がないことが面白かった。私はこう思う、根拠はこれ。先行研究、なるほどね、確かにね、でもこれってこういうことじゃないの?、なるほど、参考文献、へー?先生、どう思いますか?、なるほど?奥が深いな……と。その道に深い理解がある先生を尊敬した。学校の先生が初めて好きになれた。

レポートを書くのも最高に楽しかった。自分の意見を言語化し伝えることの面白さや、文章を書く喜びを学ぶことが出来たのもここに来たからだろう。

夢十夜」に心惹かれ、夏目漱石の研究をするつもりだったのに、いつの間にか私は漢詩の美しさに惹かれていた。

杜甫「春夜に雨を喜ぶ」を読み衝撃を受けた。美しい雨の描写、春の夜の情景に私は惚れ込んだのだと思う。

ゼミは漢文、それ以外は考えられなかった。希望が叶って漢文ゼミに所属し、私は杜甫の詩をテーマに卒業論文を書くことになった。

学ぶことは楽しかった。学校で勉強するのが楽しいと思ったのは初めてだった。

高校受験も大学受験も合格のためにそれなりに勉強したと思う。だが楽しくはなかった。点が上がれば嬉しかったがそれだけ。知識を得る喜びはあまり感じていなかった。

それがどうだ、大学の授業はこんなにも楽しい。好きなことを学ぶ幸せがここにはある。

学部の勉強だけではなく、学芸員資格取得のための勉強もした。美しいものが大好きだから、どの授業も楽しかった。

資格の授業が忙しくてサークルには参加出来なかった。サークルを諦めたこと、後悔はしていない。

三年生の夏には博物館実習にも行った。朝が早いと嘆きながらも楽しく、助け合いながら乗り越えた。同じ方向を見る友人と学ぶ楽しさがあったように思う。

今、手元にある「博物館学芸員単位修得証明書」が誇らしい。

大学生になって初めてアルバイトを始めた。本に関わる仕事に憧れていたから、一番に書店に応募した。

採用されてすぐは慣れないことも多く、行くたびにストレスが掛かった。先輩が厳しかったため、胃を抑えながら絶対屈しないぞ、と先輩が辞めるまで耐え凌いだ。

(中高の部活の影響で)厳しい先輩に耐性があったのもそうだが、一番は書店員になれたことが嬉しくて、誇らしかったから我慢出来たのだろうと思っている。

毎月最低2枚以上POPを書いた。この店にはPOPが少ないなと思っていたから、私の力で増やしたいと思った。いつの日かPOP担当になることを目標に積極的に頼まれに行った。

貴方にPOPを任せる。と言われた時、嬉しくて堪らなかった。

頑張っているうちに好きな本のコーナーも作らせて貰えるようになって、やりたかったことが沢山出来た。私の大好きな作品を好きなだけ紹介してやるぞ!とやる気に満ち溢れた。本当に楽しかった。

メモを持ち歩いてPOP案が思いついたら直ぐに書いていた。電車の中でも授業中でもメモをして、次シフトに入った時にはPOPを増やせるようにしていた。

この4年間でPOPを何枚書いたかわからない。POPは使い捨てのものも多いから沢山書いて、沢山捨ててしまった。全て貰っておけばよかったのかな。

撮影してあったPOPの写真を見返すと、ひとつひとつ思い入れがあって目の奥が熱くなる。私は真剣に書店員をやっていたと思う。

私宛に送られたお客様からのお褒めのメールの写真も残っていた。お褒めのメールなんてこの4年間で2件しか来ていない。それも両方私宛。

書店員冥利に尽きる。お客様、ご来店ありがとうございます。書店員としてできることを精一杯出来たのではないだろうか。私はこの店に貢献できたのではないだろうか。そう自惚れてしまいそうだ。

趣味にも打ち込んだ4年間だった。

芸術鑑賞。行きたいと思っていた企画展には躊躇わず行った。休日には一人で美術館に足を運んだし、授業の後に学芸員資格の仲間たちと展示を見に行くこともあった。

勤め先の書店で博物館の観覧券を貰うことも多く、沢山の展示を見に行くことが出来たのも本当に良かった。

読書。大学に入るまでも相当本を買っていた自覚があるが、書店員になってから量が大幅に増えた。

社割という魅力的な言葉。なんのために働いているのだね、本を買うためだろう?と。積読は読書家の嗜み……なんの問題も無い(現在積読50冊超えです。)

新刊が出れば発売日に買えたし、バイト終わり検索機で欲しい本を探し、予約して次のバイトの時に買えるようにしていた。本好きにとって最高な環境だった。

海外旅行。この4年間で行ったのはイギリス、フランス、マルタの三カ国。ため息が出るほど魅力の溢れる国々だった。

美術館を回ってずっと見たかった芸術品を見れたこと、美しい街を、海を、建築物を見れたことを幸せに思う。

観劇。オペラ、ミュージカル、バレエを良い席で観れた。学生料金は最高だ。普段は涙を流さない私ではあるがオペラやミュージカルではいつも感情が抑えられなくなる。

良い席になるほど懐を寂しくするので特に興味があったものは学生時代に観れて良かった。

ここまで楽しかったことを羅列したが、楽しいことばかりでもなかった。

大学2年生の春休み、新型コロナウイルスが流行り始め、楽しかった学校生活は一変した。

みんなと学校で会うのが楽しかったのに全部オンライン。

海外旅行が趣味なのに海外渡航などできる訳もなく、大学2年間の夏休み、旅行のチャンスを失った。

教授にわからないことを気軽に聞けなくなった。

放課後、友人たちとケーキを食べに行ったり、お洋服を買いに行ったり出来なくなった。

行きたかった美術館も映画も諦めた。ミュージカルはなくなりオペラも見れなかった。

趣味の殆どが制限され苦しくて堪らなかった。

大学は自由なところのはずだった。私たちの生活は一気に不自由になった。

博物館学芸員資格のための実習は中止になるかもしれなかった。資格はどうなるの?

就職活動も大きく形が変わった。大学の先輩が内定を取り消され泣いているのを見た。

人生が掛かっているのによく分からなくて怖かった、とにかく不安だった。

私の思い描いていた大学生活ではなかったことは事実だ。

一二年で授業を沢山とり、三四年は授業を減らす。就活は早めに終わらせて、みんなと最後の思い出作りをする。

卒業旅行ではずっと行きたかったベルギーとオランダに10泊くらいしてしまおう!……なんて叶う訳もなく。

コロナウイルスに翻弄された大学2年間だった。それでも、楽しかった。

思っていた学生生活ではなかったが、それでも楽しめるように私は動いたつもりだ。

全オンラインになっても友人たちと連絡を取り続けたし、コロナが開けたら何をしよう!と計画を立て続けた。

自分の就職先が決まった後は、就活で苦労している友人を手助けした。私に出来ることならなんでもしようと思った。

みんなの就活が終わった頃にはコロナも収まっているだろう、という希望的観測。見事に外れてしまったが仕方ない。

このコロナ禍でもここまで親しく来れたのだからこれからも大丈夫だろう。

私が探し出し、大切に思っている友人たちは皆尖っていて最高に面白い。

みんなに自分から話しかけてよかった。

個性的な格好をしている子を見た時、かっこいい、最高と思って声を掛けた。群れない性格の様で苦戦したが、諦めず話し掛け続けているとふと会話の中で「私の歩く道は全てランウェイだと思ってる」と何気なく彼女が言った。雷が落ちたような気がした。堪らない、必ず落すと思い、猛アピールの末、友人となった。

妙に世界情勢に詳しい子がいた。もしかして?と思い鎌をかけて見るとあっさり引っかかり、同志だとわかった。盟友、この盃は血より重い、人生初めての完全な理解者だった。性格も真逆だが初めての盟友。彼女に出逢えただけでもここに来てよかったと思った。卒業式の袴の色も完璧だった……私が紫、彼女は緑。ありがとう。LoveForever。

一人一人書いていきたいが人数もエピソードも多すぎるので略。私は尖っている子、個性的な子、可愛い子が大好きだから、気に入った子に声を掛けまくり、ここまで来た。

学部学科問わずたくさんの友人が出来、たくさんの思い出を作ることが出来た。

卒業式でも可愛い子を見つけなんぱして写真を撮り、写真を送って貰う名目でSNSを交換したが……最高だった。眼福である。

大学で友人を作るのは大変という人もいるが気の所為だ。難易度は今までと対して変わらない。

それよりも大学ではクラスという縛りがない分、好みな友人を探せるのでとてもとても良い。合わない子とは離れやすく無駄な付き合いをしなくて済む。

多方面に尖った友人達に囲まれ、卒業式を迎えられたことはこの上ない喜びである。

楽しかったな、大学生活。

沢山の学びと出会いを有難う。ここに来れてよかった。

私は学生生活を終え、これから社会に出て働くこととなる。

労働を憂いる気持ちもあるが、何より、学生という身分を失うことに怯えている。

22年間学生として過ごしてきたのだ。私に社会に出るだけの覚悟や能力があるのか?

親に扶養され生きてきたが、これからは私が家にお金を入れることになる。

どうなるのだろう、想像がつかない。意外と変わらないものなのだろうか。それとも?

つまらない人間になりたくないとも思う。社会の歯車として研磨され画一的な人間になりたくない。

私の人生の夏休みは終わった。あとは働くだけなのだろうか、でもそんなのつまらない。

仕事に慣れてきたら休日にはミュージカルやオペラを見に行こう。金曜日の夜には美術館や映画館に寄ろう。

読書に関しては……既に積読が50冊程あるので……程々に消費しつつ、減ったらまた買えば良い。電車で読めばいい。

心がすり減らないように努めよう。労働は生きる理由ではない。生きるために働いているのであって、働くことが生きることではない。

忙しさに目を回し、本質を見誤ってはならない。私は私を維持するために働くのだから、無理なら辞めてしまおう。

今こう思うのに、そうではなくなってしまうかもしれないと思うと恐ろしい。

私は自分を帰属意識の高い人間であると理解していて、会社に所属した瞬間から会社に対して貢献しようという意思が高まるであろうことも予想出来ている。

それも込みで、仕事が楽しければいいなと思う。きっと楽しくないけれど、少しでも良いところが見つけられたらいいなと思う。

多分長くお世話に……いや、所属することになるのだから役に立ちたいし、私にとっても良い影響を与えてくれなくては困る。

最悪、仕事が辛くても良い出会いがありますように。人に恵まれますように。

甘ったれた考えを不愉快に思う方もいるかもしれませんが、私はこの考え方を維持し続けたいと思っています。

四月一日から社会人か、信じられないな。

春は別れと出会いの季節、良い出会いに恵まれることをただただ願うばかりです。

最後になりますが、同じく卒業生の皆さんおめでとうございます。皆様の未来が明るいことを願っています。

長々とありがとうございました。社会人になってもブログは続ける予定ですのでまた覗きに来てくださいね。

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2022年3月